2年間で得たものとは(1期生 宮田敦司)


 私にとっての2年間の大学院生活、それは、ひたすら苦しみの連続、「修行」という言葉がふさわしいかも知れない。在学中は、「楽しい」と思ったことは、一度もなかった。勉学、仕事、家庭の両立は、入学前の想像をはるかに上回るものだった。しかし、修了して2年近くが経過し、ふと、あの2年間を思い起こす時、私の人生において、いかに特別な2年間であったことか…。

 乾ゼミは、はっきり言ってかなり厳しい。しかし、ひとたび修了すれば、「もしかしたら、オレは何でもできるんじゃないか」という自信(錯覚?)を持たせてくれる。
 
修士課程の目標は、修士論文(修論)を完成させることにある。その修論の執筆も佳境に入れば、誰でも睡眠時間が3時間以下となる。これが、私の場合半年近く続いた。睡眠不足じゃ、たいした論文も書けないだろうと思われるだろう。だが、人間、追い詰められると、思わぬ力を発揮するものである。凡人の私とて、例外ではなかった。

 私が修論やレポートのアイデアを練っていたのは、いつも往復3時間の通勤電車(某教授曰く「走る書斎」)の中だった。
 
今でも鮮明に記憶しているが、修論の最も重要な部分の執筆が行き詰まった時、どんなに考えても解けなかった疑問が、突然氷解したことがある。それは、深夜、仕事帰り、駅から自宅に向かう自転車の上だった。ぼんやり自転車をこいでいると、不思議なことに疑問の答えが頭に浮かんだ。思わず自販機の前に自転車を止め、その明かりを頼りに頭に浮かんだことをメモ帳に書き込んだ。頭に浮かんだ、というよりも、降ってきたという感じである。「天の啓示か?」とも思った。大げさに思われるかもしれないが、この感覚は、きっと他人には分からないだろう。今考えても不思議な体験である。「考え抜く」ということは、こういうことなのか…。

 ひとつの素朴な疑問の答えを求め、ひたすら考え抜く。そして、答えが出る。でも、また疑問が湧く、そして、また考える…。完璧な答えは、永久に出てこないのかもしれない。しかも、厄介なことに、疑問に思うことがどんどん増殖してゆくのである。これが、私が考える学問の楽しさであり、厳しさである。混沌とした世界を研究対象とする国際情報の分野は、なおさらであろう。

 大学院の学費は、妻と子供3人を抱える私には、決して安いものではなかった。その上、最初の1年間は九州に住んでいたこともあり、交通費が大きな負担となった。しかし、今になってみれば、それは微々たる問題だったようにも思える。つまり、2年間で得たものが、それ以上に価値のあるものだったからと確信できるからだ。むしろ、学費や交通費などと比較する方が間違っているのかもしれない。

 幸いにして、私の修論は先生方から高い評価をいただくことができた。それは、私自身がノイローゼ寸前の極限状態になるまで努力したからである。

 では、なぜ、私のような凡人がそんなに頑張ることが出来たのか?

 ひとつは、家族の支援である。

 それと、もうひとつ。 それは、ゼミ生なら皆分かっているはずである。これから乾ゼミの門を叩こうとする人も、早ければ入学試験の口述試問で、遅くとも最初の合宿で分かるだろう。

 もっとも、劣等生の私は、それが分かっていながらエンジンをかけるのに半年以上の時間を要したが…。

(02.10.27)