100年に一度の大雪

大雪の影響は大丈夫でしたか?
修論面接・試験・新学期の準備と重なって、さぞ大変だったことと思います。東北の冬に雪は当たり前ですが、先日の大雪にはさすがの陸奥人も参りました。

2/9は、当店にて東北地区の大学生、高校生ボランティア大会を開催する予定でしたが吹雪で10cm先も見えず中止。連絡のつかない高校生が数名おり、スコップを抱えて捜索。こちらが遭難しそうでした(雪山でもないのに途中眠くなりました)同じ日に、壁新聞の子供達と高専の学生さん達で実験教室を実施するわけでしたが、こちらも中止。来月に延期いたしました。

一年間のまとめである壁新聞作りが今最盛期です(干し柿の出荷みたいです)。毎週土曜日、お店の会議室で3時間みっちり描いています。みんな無言で集中しているのでお母さん達が「この集中力はどこから来るのかしら」「家にいるときは5分宿題するとすぐゲームに手がのびるのに」と首を傾げていました。

高学年が壁新聞の発表練習をしている間、中・低学年は神経衰弱のカードを手作りしたり、簡単な実験をして【データを記録する】練習をしています。高学年と一緒なので、誰も飽きる子はいません。

活動の途中、松岡先生から頂いたりんごジュースを飲んで一休み。先生のジュースのおかげか、メンバー誰も風邪をひいておりません!

今週の金曜日に、食育の授業をお店で実施します。4回目になりますが、回を重ねるごとに生徒数が減っております。2/14に参加の生徒さんは何と一人!いわき市内の小学校5年生です。原発事故の影響で、県内外へ避難されていた年配の方達は、昨年からぼちぼちいわきへ帰ってきています。政府が帰還困難区域の土地を買い上げることになり、厳戒区域の方々は仮設住宅ではなく、今建設中の災害支援住宅に住むことになったからです。住宅と言ってもアパートです。海岸沿いに建設している物件もあり、みなさん「怖い」と不安がっております。

一方で、子供達の帰還は進んでいません。避難先で親が仕事を見つけたから、あるいは放射能に対する不安など、理由は色々ありますが、3年目にして出てきた問題の一つに、学力の低下に対する心配があります。

上記の例のように、生徒数が激減している学校で、満足な勉強ができるのか?特に避難先が関東地域の子供達は、大きな学校で安定した環境の中で勉強しています。田舎にはない塾や学習施設での刺激も魅力的です。また高校受験についても、数校の県立高校しかないこちらと比べて、学校数も多く私立も視野に入れられるという選択は、子供達のこれからの人生に大きな影響を与えてくれるでしょう。こちらに戻ってくれば1〜6年生一緒の授業で、ペットボトルの水を飲み一日中マスクを付け、放射能を測られたり、尿を取られたりの日々です。帰って来ない子供達の理由はこんなところにもあるのです。

学校が廃校になる危機の一方で、ご年配の人口が急激に増えたため、デイサービスの施設は急増しています。コンビニより多いです。角を曲がるとほらそこに… 今日も開設祝いの花輪が雪景色に彩りを添えています。

壁新聞の子供達は、避難した子とたまに連絡を取り合ってるそうです。「こっちにいて、やだなぁって思う事ある?」と聞くと「ジャンプの発売日が違う!!」と激白。それは震災前からだからって…


  本が届きました。

沢山の本とお菓子ありがとうございました。 プレゼントが届いた週の土曜日に壁新聞の子供達と【資源かるた取り】をやり、お菓子はその時のおやつにみんなでいただきました。資源かるたとは、その名の通り物凄く地味です。ディーゼルエンジンでは「デ」か「ジ」かでしばし中断、討論となりました。(東北人には解決しない問題です…) クッキーやチョコレートなど桜の形をしていたので「おひなさまだ!おひなさまだ!」とはしゃいで 金色の折り紙で器を折っていました。折り紙が小さくて、折り上がった器がかなり小さくなってしまっいました。すると「仏壇のお供え物みたい・・・」と子供達に呟かれ、ひな祭りムードから一気に「春彼岸」になってしまいました。 「花びら入りのクッキー」はみんな食べる前に割って観察です。福島には「三春」という地区があり、その名の通り【梅・桃・桜】が一緒に咲く事から付いた地名です。東北の春は、そこに住む人々と同様、ずいぶんとゆっくりペースですが、農作業の始まりを告げる花々のほころびを、正月以上に心待ちにしています。

こちらでは、入学式の日は桜の蕾はまだまだ堅く、校門の立て看板前で撮る記念写真にも、足元に雪が一緒に写ります。桜の花の咲く頃を合図に田畑は水を引き、遠洋漁業船が航海に出ていきます。 子供達にとっては桜の花が咲くと、大人達も新学期が始まるというイメージがあるようです。 先日、壁新聞発表の「県大会」が終了し、続く「東北ブロック大会」が昨日実施されました。本と同梱されていた「フィンガーチョコ」を高速バスの中で子供達と食べました。「金色の指っていう名前だもん、勝利のアイテムだっぺヨ!」といって大会まで少し残しておいたのです。おかげさまで、予選を無事突破。来月の全国大会への切符を掴むことができました!帰りのバスの中ではボトルのお茶をズボンにこぼすほどみんな興奮しておりました。



頂いた本は店の近くの「放課後学級」で本を欲しがっていたので、そちらへ寄贈させて頂きます。その前に、壁新聞の子供達みんなで読みたがっていたので、今全巻貸し出中です。1巻から読めなくてもいいそうで。「あとで話が合体するからいいんだ」とのこと。ハリーポッターは先日TVで放映があったばかりで、子供達の間でまたミニブームなんだそうです。本を家に持って帰るのが待ちきれなくて、大きなディパックを背負い通路を歩きながら読み始めた子供達に「二宮か?」と笑ったら「え〜、あたしニノよりマツジュンが好き!」と返されました。「尊徳」ならぬ「損得」抜きにして、可愛い子供達です。

  避難訓練、そして今あらためて思うこと

私の店では年に4回、震災のあった午後2時46分に営業時間中お客さんと一緒に防災訓練を実施しています。店内の電気も消して、暗がりの中、全員駐車場まで避難します。それは毎回大騒ぎです。私は怪我人役兼記録係なので、担架で運ばれつつ、写真を撮ります。毎回、迫真の写真だ!と評されるのですが、なにせ担架に揺さぶられながらシャッターを切るのは至難の業。偶然にもスピード感のある手ぶれ写真が出来上がるわけです。避難所に運ばれたらすぐさま立ち上がり、お客さんへの参加粗品を現場まで持って来なければなりません。お客さんは皆私を見て「おぉ〜復活した!」と騒ぎたてます。

この参加粗品がこれまた重い!1kg白砂糖なんです。田舎は事あるごとに白は縁起がいいということで、卵や砂糖を粗品に使います。現場が駐車場なので事前に置いておくと「ご自由にお取り下さい」的な解釈で持っていかれてしまうので、どうしてもリアルタイムで運ばなければなりません…

毎回200人弱の一般参加があるので、砂糖は200kg。台車に乗せていても尋常な重さではありません。ヨロヨロしながら台車を引いて現場に登場すると「怪我人、奇跡の生還だ!」とまた囃したてられます。「怪我人に運ばせるな〜取りに来い〜!!」と私が叫ぶのを合図に防災訓練は毎回終了です。

この(なぜか私だけが異常に体力を消耗する)防災訓練は震災の年から3年間続いています。3年前の震災でも、避難訓練を繰り返し実施していた企業や学校などは多くの方々が、命を取り留めることができました。繰り返した訓練は、知らず知らずのうちに身についていくのです。「継続は命を救う力なり」です。

迅速な救命救助、消防作業そしてボランティア活動の重要性など阪神淡路大震災で私達は多くの事を学びました。3年前の震災では、これらの記憶が日々の訓練になり備えとなって大いに活かされました。
さらに東日本大震災の場合、原発事故という教訓が加わりました。今世界では専門家だけでなく、あらゆる年齢層や他の分野の人々が原子力問題について議論をかわすようになりました。

しかし当の国内において、意見している人々は驚くほど少数です。原爆投下や原発事故の当事国にもかかわらず、日本ではいまだ原子力問題についてはタブーの領域を保ったままです。福島でも実は現状は同じです。マイクを向けられて、自分の考えとして原子力エネルギーを意見する人はそういないでしょう。

政権が代われば当然政策も変わります。「今の与党はたった3年前の教訓でさえ覚えていない」とメディアはここ数日盛んに訴えています。でもその政権を選んだのは私達です。原子力政策について、他県や他国の意見に追随している私達福島県民こそタブーを脱する勇気を持たなければ真の復興の道は開かれないでしょう。3年前の原発事故は天災と同時に、「政治に関心を持つ」ことを忘れていた国民の大きな代償でもあるとつくづく思います。

一人でも多くの市民が、私のお店に来て名物の訓練に参加してもらいたい! そう思って「粗品ペット飲料にしようよ〜砂糖は重すぎるよ〜!!」と言う私の率直な意見は「バカ、粗品っつったら砂糖だべ〜」と即刻却下。タブーだけでなく根拠のない因習についても脱することができない私は筋肉痛の腕を振りつつ、次回の砂糖を発注するのでした…
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