桜の日の同窓会

文化情報専攻 12期生 鶴田宏美

 東京の桜の頃はたいてい3月末から4月初旬頃である。例年3月末は、私は自分が教えている学校の学期末のため試験で忙しく日本にいたためしがない。しかし、今年は偶然日程が取れて珍しく日本に滞在していた。そして、幸運にも日本大学大学院の同窓会・修了式に折りよく出席することができた。また、日本の桜も段取りを合わせたかのように、拝むことができた。そう言えば市ヶ谷から飯田橋に至る外堀公園の桜を見ることができたのは何年ぶりのことであったろう。このような幸運なタイミングと季節の贈り物の中、私は大学院でお世話になった諸先生方や先輩、同期生との再会の機会を得ることができた。
 私の修士課程での生活は、仕事を持ち更に海外に居住していることもあり孤独と、また仕事、研究に忙殺された2年間であった。この2年はつい去年のことなのに既に遠い昔のようになってしまっていた。あの頃は、何をしても時間が全く足りない気がして、常に緊張していたものだった。そんな日々を私は会場へ向かう廊下を歩きながら思い出していた。そして、今のノッタリと過ぎていく時間にもどかしさと歯痒さを感じながら、あの緊張と切迫感を思い出させてくれる今回の機会に少し恥ずかしいような嬉しい気持ちになっていた。
 エレベーターを降りて会場に着くと、知っている顔の事務課の方々や松岡先生の姿があった。その時、通っていたわけでもないのに「ここは私の学び舎だ」という実感と、数回しかあったことのない同期生にも自分でも意外なほど親しみを感じ不思議な気持ちになった。
 さて、同窓会と言えば遠方からも同窓生が駆け付け会の発足に尽力を尽くしてくれたものであった。催し内容も同窓生の趣向を凝らしたものが上演、披露され、終始アットホームな雰囲気に包まれたものになっていた。また、会の後も集まった同窓生は名残惜しさから教授を囲んで近況や研究の話に花を咲かせていた。私も松岡先生を囲み女子会と洒落こんで、先輩や同期生と市ヶ谷の桜をバックに近況やこれからの事など垣根を越えて話し語り合った。私たちの大学院生活は同期生と机を並べるどころか、その上私は海外居住であったため本当に孤独なものであった。しかし、このような通信制大学院の学生だったからこそ逆にそれを乗り越えたもの同士、強く共感し合えたし将に同志のような学友がいることを知る機会となった。
 偶然の日程で参加した同窓会は、私のこれからの研究における大きな助けを得るチャンスとモチベーションを与えてくれた。何年ぶりかで見た外堀公園の桜を後にするのは後ろ髪をひかれる思いだったが、それよりも桜の下で新に得た学友(先輩方には大変失礼ですが)と離れるのは非常に残念であった。
 来年も桜は咲く。市ヶ谷の桜の下、少し凍えそうな中、同じ思いを分かち合える学友にまた会いたいと強く思った。
 

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