佐藤=ロスベアグ・ナナ 編
『トランスレーション・スタディーズ』
(みすず書房)


毛利雅子

 1980年代に西欧で生まれた「トランスレーション・スタディーズ」だが、「トランスレーション」=「書記言語を異なる言語に転換したもの」ではない。英語のtranslationは、翻訳(translation)と通訳(interpretation)を包括するものであり、また翻訳とは単語の置き換えによる言語転換でもない。
 本書は大きな意味でのtranslationの見地から、翻訳の理論と実践、翻訳を通した他者理解、異文化接触、世界文学から日本文学に至るまでの文学翻訳、ゲーム翻訳などに見られるローカリゼーション、文化の翻訳、そしてコミュニティ通訳についてなど、広範に論じている。「翻訳」という単語から一般的にイメージされるものとは大きく異なっているのではないだろうか。
 編者は序で「心を惹かれるのはその学際性であり、翻訳に携わる研究者や実践者たちがクロスカルチュラルに協調し実社会に貢献し得る可能性にある。小さな枠組みや組織にとらわれない学際的で横断的な学問としてのトランスレーション・スタディーズが日本に根付くことを心から願い本書にたくしたい。」としている。
 翻訳(含:通訳)は実践的でありながら学術的・学際的でもあり、自国の文化を見ながら世界文学・文化に関わる非常に幅広い研究分野なのである。しかしながら、日本では依然として、「翻訳」というと実務・実践的なものとして捉えられる傾向が強い。おそらく編者はこの状況を念頭に置きながら、本書「トランスレーション・スタディーズ」を編纂したのではないだろうか。Translationの原義、つまり「別の場所に運ぶ」ことを意識した序論であろう。
 さて、私自身は著者の1人として本書の中で、コミュニティ通訳の1つである司法通訳について、特に日本の法廷通訳(者)の現状と多言語を介した通訳の問題について論じている。日本のグローバリゼーションに伴い増加傾向にある在日外国人犯罪と、外国人被疑者公判で全ての通訳・翻訳を担う法廷通訳者として活動しつつ、研究者としても司法通訳を課題としている立場から、現場が抱える「トランスレーション」の課題、つまり「別の場所」に「運ばれた」人間の立場を論じたものである。
 「トランスレーション・スタディーズ」は、文化接触におけるグローバルな見地、異文化接触における課題、ローカリゼーションの可能性や限界など、非常に幅広い視点を必要とする。今後ますます拡大すると思われるグローバル化に対応していくために、本書が一助となることを期待したい。

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